武田氏館2013年07月15日

ここは武田信虎が 1519 年に石和から館を移した事から始まり、信玄、勝頼と、武田氏3代の館があった場所です。 館の周辺には家臣の屋敷が建てられてました。 現在の武田神社が当時の主郭部分にあたり、周りは水堀で囲まれています。

まずは神橋を渡って武田神社へ向かいます。
名前の通り、武田神社は武田信玄を祀っている神社です。 神社の創建は大正8年なので、意外と新しい神社だと言えます。
武田神社・神橋

武田神社・参道

こちらが拝殿。 両脇の大きな杯や酒樽には武田家の家紋が付いています。
祀られているのは信玄公なので御利益は当然「勝運」です。
武田神社・拝殿

水琴窟
小さな穴を開けた瓶を土の中に埋め、その水滴の事を響かせます。
写真右の竹筒に耳をあてて音を聞きます。
江戸期の庭師によって考案されたとされるので、信玄の時代とは関係なさそうですが、記念に一枚撮りました。
武田神社・水琴窟

こんな所にもキティーさんがいました。 さすが仕事を選びません。
武田神社・キティー

西曲輪跡
主郭跡に武田神社が建っているので、主郭に関しては当時の遺構は見て取れませんでしたが、西曲輪に関しては当時の土塁跡が結構残ってました。

下の写真は門跡です。 両脇に石垣の跡が残ってますが、野面積みの背後に栗石を詰める方法で積まれている事から、武田氏滅亡後に積まれたものと推測されてます。 発掘調査の際、この石垣の下から門の礎石が見つかった事から、武田氏の時代は門があったと推測されています。
武田氏館跡・西曲輪の門跡

曲輪の広さ的には、広くもなく、狭くもなくと言った所でしょうか?
西曲輪は、信玄の長男・武田義信と今川義元の娘が結婚した際、 1551 年に作られた義信の居館になります。
武田氏館跡・西曲輪

武田氏館跡・西曲輪

西曲輪の土橋
先ほどの門跡の反対側は土橋になっています。 両脇は堀跡です。
それなりの防御は考慮しているようですが、籠城とかを考えているほどの物ではなさそうです。
武田氏館跡・西曲輪の土橋

思ったほどの遺構が残ってないので駐車場の方へ戻ります。
この感じだと、西曲輪も、武田神社の一部みたいです。
武田氏館跡・西曲輪の入口

水堀
主郭を取り囲むように掘られている水堀は今も健在のようです。
でも、どこから水を引いているのでしょうか?
武田氏館跡・水堀

武田氏館跡・水堀

周辺には家臣の住居などがあったので、この辺り一帯を細かく見ると、当時の面影がもう少し見えるのかも知れません。 ただ、町中に溶け込んでしまっているので、事前に下調べしてから訪問しないと、ちょっともの足りないかも知れません。

まぁ、今回はスタンプをもらいに行ったと言う事で...。


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