静岡県 掛川城2014年03月22日

静岡県掛川市にある日本100名城の一つです。
1512 年~ 1513 年の頃に今川氏によって現在の場所に築城されました。
今川義元が織田信長に討たれると、この辺りの支配は徳川家康に移ります。
現在の姿は 1590 年に豊臣政権下に山内一豊が入封した時に整備された物です。 この時、徳川家康は関東い移されました。

大手門
駐車場のすぐ側にありました。 山内一豊によって建てられた門ですが、1854 年の地震で倒壊、その再建されましたが明治の火災で焼失。 現在の建物は1995 年に復元され、元の場所は50mほど南にあったようです。
掛川城・大手門

大手門番所
大手門の内側に建てられた番所で、出入りを監視する役人の詰め所でした。
1854 年の地震で倒壊後、1859 年に大手門と共に再建されたのが現在の建物です。 大手門同様、本来の位置は50mほど南でした。
掛川城・大手門番所

掛川城御殿
現存する貴重な御殿で元々の総床面積は330坪ありました。 現在は台所などが失われ287坪になります。 元々たった御殿も 1854 年の地震で倒壊しており、1855 ~ 1861 年にかけて再建されたのが現在の建物です。
掛川城御殿

掛川城御殿・三の間
藩主や家老に用がある場合、この場所に通されます。 重要な要件によっては二の間、次の間に通されます。
掛川城御殿・三の間

掛川城御殿・次の間
城主に謁見できる位の高い人が通された場所です。
掛川城御殿・次の間

掛川城御殿・小書院
藩主の執務室です。 隣が長囲炉裏の間となり、この辺りが藩主が使っていた部屋になります。
掛川城御殿・小書院

十露盤堀
本丸を囲む堀です。 名前の由来ははっきりしないそうです。
掛川城・十露盤堀

天守
山内一豊によって建てられた天守も 1854 年の地震によって倒壊し、幕末には取り壊されました。 現在の三層四階建の天守は古い資料を参考に 1993 年に復元された物です。
掛川城・天守

掛川城・天守

掛川城・天守

掛川城・天守

ここの復元天守は本格的な木造建築による物です。 
掛川城・天守

竹の丸
竹の丸は掛川城の郭の一つで、家老など重臣の屋敷などに使用されました。 現在の建物は明治36年に松本氏が建てた住居が始まりで、大正時代に改築されました。 建物自体は城とは関係なさそうですね...。
掛川城・竹の丸

掛川城・竹の丸

掛川城・竹の丸

天守と太鼓櫓
左に見えるのが天守で、右に見えるのが太鼓櫓です。
太鼓櫓は 1854 年の地震の後に建てられた櫓です。 昭和30年に現在の位置に移築されました。 太鼓櫓とは、時刻を伝える太鼓を置いていた櫓です。
掛川城・天守と太鼓櫓

ここは街中の城郭なのでバイクを停める場所を探すのに苦労しました。
周辺をグルグル回って駐車場を探し、大手門駐車場にやっと停める事が出来ました。 
掛川城


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