群馬県 高山社跡2016年09月24日

世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」を構成する施設の一つです。
高山社は養蚕法の標準といえる「清温育」を開発・教育した場所で、明治17年に設立されました。
高山社は海外からの生徒も受け入れ、2代目社長の代になると藤岡町に蚕業学校を開校しました。 その頃になるとこの場所は実習場として使用されていたようです。 高山社によって高品品種の蚕が開発、普及しました。

立山社前の駐車場は車椅子などの車両用なので、少し下にある駐車場にバイクを停めて遊歩道を歩きます。
高山社跡・遊歩道

なんと長屋門は修復工事中。 見る事ができませんでした。
江戸時代に建てられた建物で、物置として使用されていたようです。
しばらくしたら再訪してみたいと思います。
高山社跡・長屋門

住居兼蚕室
明治24年に建てられました。 屋根にある櫓のような部分は換気用の装置で、越屋根と言います。 玄関や窓のアルミサッシは今後の修復で元の状態に戻す計画があるようです。 現在は人が住んでいないので建物内の見学も可能です。
高山社跡・住居兼蚕室

1階の様子。 右側では説明のビデオなどが流れてますが、ボランティアの方がいろいろと説明してくれるので助かります。 なにしろ、世界遺産とはいえ歴史的背景が解らなければ普通の民家なので...。
高山社跡・住居兼蚕室内部

床には囲炉裏が設置されており、上を見ると換気用に2階の床が外されてました。 蚕室は2階なので、この仕組みで温度を調整しているようです。
高山社跡・住居兼蚕室内部

高山社跡・住居兼蚕室内部

1階奥は居住空間らしく、普通の日本家屋と言った感じです。
高山社跡・住居兼蚕室内部

急な階段を登って2階の蚕室を見学します。
蚕室の床は換気用に外せる仕組みで、上を歩くと床を踏み抜きそうで怖いです。 現代人の体格では心許ない床です。
高山社跡・住居兼蚕室内部

2階の天井も筒抜け状態でした。 ものすごく換気に気を使っているのがわかります。 蚕は生活しやすいかも知れませんが、人間が生活しやすいかは不明です。
高山社跡・住居兼蚕室内部

外便所
分教場時代にあった物を復元したのだと思います。 生徒の数が増えたので、外に増設したのでしょうか?
高山社跡・外便所

風呂場
風呂場は蚕への影響を考えて外にしたのかも知れません。 こちらも復元されてました。
風呂場

桑貯蔵庫跡
温度や湿度の管理目的だと思いますが、地下室を作って保管していたようです。
高山社跡・桑貯蔵庫跡

西屋敷跡
今はなにもありませんが、分教場時代はこの辺りに西の屋敷があったそうです。 分教場時代には倉庫や寄宿舎などもっと多くの建物があったそうです。
高山社は昭和2年に学校としての役目を終えています。
高山社跡・西屋敷跡

この方が高山社の創始者である高山長五郎さん。
製糸場だけあっても生糸は生産できないので、この方が果たした役割は大きかったと思います。
高山社跡・高山長五郎像


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