山形県 旧致道館2023年07月15日

致道館は 1805年に庄内藩九代藩主酒井忠徳が設立した藩校です。
当時は現在の鶴岡駅付近にあったようですが、1816年に現在の場所に移転しました。 この場所は、鶴ケ岡城の三之丸だった場所です。
明治時代に入った 1873年に廃校になりますが、それまで庄内藩の多くの人材を育てました。
建物は、鶴岡県庁、鶴岡警察署や学校などに使用され、現在は文化財として無料公開されています。

表御門
元々は、藩主が出入りする為の門でしたが、現在はここが出入り口となります。
この門の所で記帳して見学します。
なお、教員や藩の役人は県道 47号沿いにある、西御門、生徒は東御門から出入りしていたそうです。
致道館・表御門

表御門を入ると、真っ先に目に入るのが講堂と御入間です。
この2つの建物は繋がっており、奥に見えるのが講堂で、右側の細長い建物が御入間です。
この建物には資料が展示されており、内部を見学する事もできます。
致道館・講堂と御入間致道館・講堂と御入間

廟門
表御門を入って左側に聖廟があり、その聖廟の門です。
致道館・廟門

聖廟
儒学の祖である孔子を祀る建物です。 毎年、2月と8月に釈奠(せきてん)が行われていました。 釈奠とは、孔子や先師を祀る儀式で、聖廟に聖像が飾られ、お供え物が置かれました。
昔は儒学が中心だったので、だいたい、どこの藩校に行っても孔子を祀る御堂が存在するような気がします。
致道館・聖廟

御入間
表御門を入って右側にある建物です。
この建物は、藩主が致道館に来た時の居間です。
天井や床下は賊の侵入を防ぐ工夫がされているとの事です。 ただ、具体的にどんな工夫なのか説明がありませんが、見た感じ、縁の下は格子で入れなくしてあるようです。
致道館・御入間

致道館・御入間

講堂
始業式の時に生徒が集められた場所でした。
参勤交代で藩主が留守の時は、役所としても使用されており、役人の打合せの場でもありました。 内部の見学も可能で、昔の資料などが展示されています。
なお、生徒は5段階に分けられ、下から順に、句読所(現在の小学校)、終日詰(現在の中学校)、外舎(現在の高等学校)、試舎生(現在の大学)、舎生(現在の大学院)のランクがありました。 生徒の年齢も、10歳から30歳くらいまで幅が広かったようです。
致道館・講堂

致道館・講堂

建物跡
現存する致道館の建物は、全体の3分の1程度です。
建物が現存しない場所は、間取が分かるように展示されてました。
生徒は 350名ほどいたようで、多分、多くの生徒はこちらの方にあった建物で勉強していたのだと思います。 また、馬場とかもあったようなので、武士としての武術訓練のような事も行われていたのかも知れません。
致道館・建物跡

致道館・建物跡

無料見学できるのが良いですね。
鶴ヶ岡城の周辺は見所が多いです。


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