神奈川県 瀬戸神社、琵琶島神社2025年01月12日

今回は金沢八景駅周辺をブラブラと散策する事にしました。
金沢の風景の美しさは鎌倉時代から知られていました。 「金沢八景」の地名の由来は、 1694年に明の禅僧・東皐心越が能見堂から見た景色を故郷の瀟湘八景になぞられて詠んだ漢詩とする説が定説になっています。
ただ、都市開発によって周辺の海岸のほとんどが埋め立てられており、当時の面影は残っていません。 まずは、すぐ近くの瀬戸神社に向かいます。
金沢八景駅

瀬戸神社
昔、泥亀町から釜利谷東一帯は入り江になっていました。 この辺りは狭い水路状になっていた事から潮の流れが速く、穢れを洗い流す神聖な場所として古くから信仰の対象になっていました。
神社が創建されたのは 1180年のようで、伊豆で挙兵した源頼朝が伊豆三島明神の分霊を祀る社殿を建てたのが始まりのようです。
御祭神は大山祇命で、伊豆三島大社の祭神と同神です。 また、須佐之男命、菅原道真公など11柱も祀られています。
瀬戸神社・鳥居

手水舎
凍結防止なのか、水は止まってました。
手水舎の所に「あじさいぼんぼり」の説明がありました。 「あじさいぼんぼり」はヤマアジサイの花枝を支柱で支えて合掌したような形にした瀬戸神社独特な植え方のようです。 が、さすがにこの時期にアジサイは咲いておらず、別の時期に来た方が良かったかも知れません。
瀬戸神社・手水舎

瀬戸神社は、能の演目「放下僧」の仇討ちがあった場所との言い伝えがあります。
「放下僧」は、室町時代、相模国の利根信俊に討たれた牧野左衛門の息子兄弟が、放下(当時の大道芸人)の恰好をして父の仇を討つ話しです。
その仇討ちをした場所が瀬戸神社の手水舎の東側だと伝わります。
瀬戸神社

拝殿
社殿は権現造りで 1800年に建立された物です。
拝殿には南北朝時代、もしくは鎌倉時代末期と推定される、一対の守門神坐像が安置されています。 守門神の木像としてはかなり古い貴重な物です。
瀬戸神社・拝殿

瀬戸神社・社殿

瀬戸神社・社殿

社殿の後ろは崖になっており、左右には摂社、末社と思われる社がありました。
多分、大山祇命とは別に祀られている 11柱の社だと思います。
鎌倉にはこんな感じの切岸のような崖が多いですね...。
瀬戸神社

瀬戸神社

琵琶島神社
瀬戸神社の境内を出て国道 16号を渡って海岸に出ると、そこに琵琶島神社が鎮座しています。
琵琶島神社は北条政子が近江の竹生島弁財天を瀬戸神社を勧請し、瀬戸神社の前に島を築いて祀ったのが始まりです。 島の形が「琵琶」に似ていた事から「琵琶島弁財天」と呼ばれていたようです。 瀬戸神社の摂社のようです。
琵琶島神社

現在は陸続きですが、昔は2つの島を橋で繋いでいたようです。
多分、昔と今ではそうとう風景が変わっていると思います。
琵琶島神社・鳥居

琵琶島神社

琵琶島神社

残念ながら、社は柵で囲まれており、社の前まで行って参拝する事は出来ませんでした。
御祭神は市杵島姫命です。 市杵島姫命は、天照大神が須佐之男の剣を噛んで吹いた霧から生まれた三女神の三女で絶世の美女とされる神様です。
「弁財天じゃないの?」と思ったのですが、神仏習合により弁財天と同一とされているようです。
琵琶島神社

琵琶島神社

次は、野島稲荷神社に向かいます。