京都府 金福寺 ― 2026年01月10日
金福寺は 864年に安恵僧都が創建し、慈覚大師円仁が作成した観音像を安置しました。
当初は天台宗でしたが、荒廃した金福寺を江戸中期に鉄舟和尚が再興した時に臨済宗南禅寺派に改宗します。 また、鉄舟は松尾芭蕉とも親交があり、庭園裏の草庵を芭蕉庵と命名します。 1776年、与謝蕪村とその一門が荒廃していた芭蕉庵を再興します。
詩仙堂から徒歩で 7 ~ 8分程度で到着しました。
こじんまりとした寺院ですが、俳句の聖地とも言われてます。
また、井伊直弼の諜報員かつ愛人だった村山たか女が尼僧となって生涯を終えたのも金福寺です。 村山たか女は直弼の安政の大獄に加担した為、直弼が暗殺された後は尊王攘夷派に捕われ生きたまま晒し者にされた事があります。
弁天堂
門をくぐってすぐ左側にある御堂です。
この弁天堂は、1867年に尼僧になった村山たか女が建立した物です。
たか女は弁天様を深く信仰していたようです。
本堂だと思うのですが、方丈と説明している記事も見かけます。
この規模だと両方兼ねているのかも知れません。
築年代等の情報は見つからず..。
建物内には村山たかの資料が展示されていました。
本堂前の石庭。
拝観する人が少ないので静かに見学する事が出来ました。
作庭したのは 1932年らしいので、どうやら昭和になってから造られた石庭のようです。
石庭の奥の方から裏山に登る事が出来ます。
芭蕉庵
1776年に与謝蕪村とその一門が再建した芭蕉庵です。
江戸中期に再建された建物なのに綺麗だなと思ったら、2019年に修繕工事をしていたようです。 屋根の茅葺も定期的に葺き替えが必要なので維持管理するのも大変そうです。
今でも茶会とかで使われる事があるのでしょうか?
翁の水
鉄舟和尚が芭蕉をもてなした時に使用した井戸との事。
与謝蕪村の墓
与謝蕪村は江戸中期の俳人、画家です。
今では俳人として有名ですが、生前は俳人としての知名度はそれほど高くなかったようです。
没後、明治になって正岡子規の著書などで広く知られるようになりました。
高台からの眺めです。
今では住宅地に囲まれていますが、芭蕉や蕪村が訪れた時はどんな風景だったのでしょうか..。














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