埼玉県 三峯神社(1) ― 2025年10月13日
三峯神社は埼玉県秩父市三峰にある神社です。
正確な創建年代は不明ですが、日本武尊が景行天皇から東国平定の命を受けた時、三峯神社があるこの地を訪れて伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉册尊(いざなみのみこと)を祀ったのが始まりと伝わります。 また、その時に道案内したのが狼だった事から、狼も神の使いとして祀られています。 役小角(役行者)が三峰山で修行したとの言い伝えがあり、古くから修験道場として東国武士の信仰を集めていました。
駐車場
大きな駐車場ですが、昼前には満車状態になります。 また、二瀬ダムから先は道幅が狭く、いつも渋滞しています。 ただ、バイク用の専用駐車スペースが確保されているので、バイクであればそれほど問題無いのかも知れません。
今回の訪問で想定外だったのは、大滝トンネルが二輪車通行禁止だった事です...。 何故、トンネルが二輪車通行禁止なのか理由が解らなかったので、とりあえず行ってみると落石により国道 140号が通行止めになっており、暫定的に大滝トンネルを開放したけど未舗装なので二輪車を通行禁止にしているようです...。 よって、翌日、山梨側から再訪問する羽目になりました。
三峰ビジターセンター
三峰の信仰に関する歴史や、ここで採掘できる鉱石や鉱山開発の歴史などに関する説明パネルが展示してありました。 三峰は、採掘できる金属の種類が豊富なようで、古くは武田信玄も金山開発をしたようですが、金はほとんど取れなかったようです。 江戸時代には銀の鉱床が発見され、銀が採掘されていました。 昭和になると銅、亜鉛、鉛などの採掘が中心になりますが、公害問題や輸入品による価格低下により金属採掘は衰退し、現在は非金属の石灰石や珪石などが中心なようです。
神領三峰村の民家
三峯神社の南側に集落があったようで、そこの母屋を神社の境内に移築した建物です。
だいたい、文政年間(1818 ~ 1829年)頃の建物と考えられています。
神領三峰村が出来た正確な年代は不明なようですが、三峯神社と同時期だと考えられています。
神社の仕事をしながら、作物を栽培したり、炭焼きなどをしながら生活していたようで、年貢も神社に納めていたようです。
三ツ鳥居
白い色の鳥居も珍しいですが、中央の鳥居の両隣に小さな鳥居を組み合せたような、かなり珍しい形状の鳥居です。 また、鳥居を守る狛犬も、「犬」では無く「狼」です。
稀に見かけるのですが、どういう意味があるのでしょうか?
このような鳥居には、特別なくぐり方があるのでしょうか?
三峰山博物館
三峯神社に関する信仰や歴史に関する資料が展示されています。
ここには絶滅したと思われているニホンオオカミの毛皮が展示されています。
1996年に個人宅で見つかり、2001年にニホンオオカミの毛皮と認定されました。 ニホンオオカミの標本としては 7例目でした。
最近も、上野の国立科学博物館に「ヤマイヌの一種」として展示されていた剥製がニホンオオカミである事に小学生が気付き、調査した結果、 ニホンオオカミと認定されて話題になりました。
ニホンオオカミは、本当に絶滅してしまったのでしょうか...。
青銅製の両部鳥居です。
鳥居をくぐってから振り返った所で、この鳥居の先に奥宮遥拝殿があります。
両部鳥居とは、2本の柱の前後に小さな支柱(稚児柱)を建てて支える形状で、厳島神社の大鳥居が有名です。
「両部」とは、密教の「金胎両部」の事らしく、両部鳥居は神仏習合の名残のようです。
荒廃していた三峯神社は 1503年に再興され、1533年には観音院高雲寺と称しました。 明治の神仏分離令により寺院は廃され三峯神社になりますが、昔はもっと寺院色が強かったのかも知れません。
奥宮遥拝殿
三峯神社奧宮の遥拝所です。
奧宮は正面の山の上にあります。 奧宮は、往復 3時間はかかると思うので行きませんでした。
山登りするつもりでないと奧宮は参拝できないので、このような拝所が建てられたのだと思います。
奥宮遥拝殿からの眺めは素晴らしいです。
本来は奥宮を参拝する為の場所ですが、見晴らし台としても素晴らしです。
折り重なるような秩父の山々が良く見えます。
日本武尊像
三峯神社を創建したと伝わる日本武尊の銅像です。
第 12代景行天皇の第2皇子で、第 14代仲哀天皇の父となる人物です。
第 10代天皇からは実在した人物と言われてますが、景行天皇との親子関係を疑う説もあり、日本武尊に関しては複数の人物を合わせた架空の人物との説が有力なようです。 最近は「聖徳太子」も実在せず、教科書には「厩戸王(聖徳太子)」と表記される時代なので...。 それよりも前の時代は伝説のような世界観なのだと思います。
旧交番
随神門の手前には、昔は交番だった建物が残されています。
どうやら、昔は三峯神社の境内に交番あり、警察官が常駐していたようです。
今は物置のようですが、いつ頃まで交番として機能していたのだろう...。
随神門
昔は表参道からここを通って参拝するのが一般的でした。 今でも大輪からの表参道は残ってますが、そこからだと 2~3時間はかかるので、そこから歩いて来る人は少ないと思います。
随身門は 1691年に建立され、現在の建物は 1792年に再建された物です。 当初は仁王門として建立されたようですが、明治の神仏分離令により仁王像が撤去されて随神門に変わりました。
随神門を再建した時の棟梁は、日光東照宮の修理工事にも従事していた人物のようです。
参道の雰囲気もすごく良いです。
青銅鳥居
この階段の先に青銅製の鳥居があり、その先が拝殿になります。
石段は神領三峰村の木村家が 1849年に奉献したものです。
青銅鳥居の方は江戸深川の竪川講中が 1845年に奉納した物です。
荒川を筏で引いてきたそうです。 多分、大輪から表参道を通って鳥居を運んだのだと思いますが、こんな山奥まで良く運びましたね...。
続きは次回へ




















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