栃木県 野木町煉瓦窯 ― 2025年11月22日
栃木県下都賀郡野木町の野木町煉瓦窯は、日本に4カ所しか現存しないホフマン窯の一つです。
1888年(明治 21年)に下野煉化製造株式会社が設立され、1889年 4月に登り窯が完成します。 同年12月にホフマン式の西窯が完成し、翌年の 6月に東窯が完成します。 現存するのは東窯の方です。 下野煉化製造株式会社は、下野煉化株式会社、下野煉瓦株式会社、下野煉瓦工業株式会社と社名を変え、1971年まで煉瓦製造を続けました。
駐輪場
駐車場は結構広いのですが、メタセコイア並木の紅葉シーズンになると非常に混雑するので駐車出来ない場合もあるかも知れません。 訪問時はほぼ満車状態でした。
ただ、駐輪スペースが用意されていたのでバイクはそこに停める事が出来ました。
訪問してびっくりしたのが、駐車場のメタセコイア並木が非常に美しかったです。
野木町煉瓦窯では無く、メタセコイア並木を目的に訪れる人も多いようです。
これがホフマン式の東窯です。
ホフマン窯はドイツのフリードリヒ=ホフマンが開発して特許を取得した煉瓦製造用の窯です。
窯の内部がリング状に区画分けされており、順番に窯詰め、予熱、焼成、冷却、窯出の工程を進めて煉瓦を製造します。
野木町煉瓦窯の場合、16個の焼成室に分割され、23日間で窯の火が1周しました。 焼成室一つで 14,000個の煉瓦を焼く事ができ、一周で約 22万個の煉瓦を製造する事が出来ました。
粉炭搬入用の階段
この階段は焼成に使用する燃料の粉炭を運ぶ為の階段です。
粉炭は天秤棒の前後にぶら下げた籠にのせて窯の上部に運ばれ、投炭孔から焼成窯へ投入されました。 粉炭搬入用の階段は窯の反対側にもう一つあります。
燃料の運搬は人力だったので、結構な重労働だったと思います。
階段下のアーチ状の通路部分を見ると、左下側がフランス積で、上の方がイギリス積になっています。 階段部分はだいたいフランス積なのですが、階段部分でもアーチの右側を見るとイギリス積です。 建物本体を見ても全体的にイギリス積が多い印象です。
途中で積み方が変わっているのは、修復工事の関係でしょうか? それとも、途中で職人が変わった?
野木町煉瓦窯
本体側の煉瓦の積み方を見ると、下がイギリス積で上がフランス積になっています。
フランス積の方が古い場合が多いので、建物の上の方にフランス積が使われているのが少し不思議な感じがします。 最初フランス積で、修繕工事などで上の方がイギリス積になるのは理解できるのですが、建物の上の方に古い技法が使われているのには違和感を感じます。
下の方の煉瓦が少し黒いのは、焼過煉瓦と呼ばれる高温で焼成した煉瓦が使われている為です。
煉瓦の搬入口。
入り口の上を見ると窯の番号が書かれています。 ここが1号窯です。
煉瓦を焼く場合は 5窯程度、煉瓦を積み上げ、搬入が終わると入り口は煉瓦や泥で密閉します。
また、窯と窯の間は新聞紙で仕切り、空気の流れを遮断します。
窯の内部の様子。
煉瓦を焼く時の温度は約 1,000度にもなります。
天井の小さな穴から燃料の粉炭が投炭されます。
焼成は 2部屋毎に行われ、投炭が終わるとダンパーの開閉部を一つ先へずらし、窯内の火を隣の部屋に送ります。 天井がカーブしているのも、熱効率を計算した物だと思います。
奥に見える煉瓦の壁のは火を止める為の仕切壁です。 表面に泥を塗って火が漏れるのを防いでいたようです。
窯内に積まれた煉瓦の様子。
天井付近まで積み上げられるようです。
当時の職人は一人で 8 ~ 10個程度運んでいたようです。
現在の規格の煉瓦は 1個あたり約 2.4kg あるので、8 ~ 10個を手で持ち上げて運ぶのは大変な作業だったはずです。
別の窯の内部の様子。
1 ~ 10、16号窯は補強の為、内部が鉄骨で補強されています。
この鉄骨は取り外し可能なようになっています。
古い煉瓦の壁と、近代的な鉄骨の組み合わせが不思議な空間になってました。
焚口
4号、11号窯には焚口が設置され、ここから薪を使用して点火しました。 この焚口は資料を元に再現した物です。 焚口は点火が終わると取り壊され、火が一周するとこの窯でも煉瓦が焼かれます。
窯内部の見学を終えて外に出ると、反対側の粉炭搬入用階段に出ます。
こちらの階段から窯の 2階部分を見学する事が出来ます。
粉炭孔
ここから燃料となる粉炭を投入します。
焼成中の窯の一つ前の窯のダンパーを開くとそこから排煙され、火が次の窯へと移動します。
15分間隔で焼成中の窯に粉炭が投入され、焼け具合は煉瓦の収縮具合で判断していたようです。
煉瓦の出来具合は職人技に依存していたのかも知れませんね...。
粉炭孔は 窯に 5重 5列で 25ヶ所あり、16窯あるので全部で 400個あります。
良く見ると、両脇にレールがあり、そのレールの上に粉炭を運ぶ炭車が乗せされてました。
しかし、見た事の無いこの風景に圧倒されます..。
煙突
窯の中心にそびえ立つ煙突の根本部分です。
煙突の根本や集煙道上面には煤を出したり点検補修する為の開口があります。
煙突は倒壊しないように鉄骨で補強されています。
煙突の根本部分には煙突を囲むように集煙道があります。 各窯は煙道で集煙道と繋がっており、煙はそこを通って煙突から排煙されます。 また、集煙道と煙道を繋ぐ根本部分にはダンパーが設置されており、煙道の開閉が行えるようになっています。
ダンパー
集煙道と煙道の接点にあるダンパーです。
ここを開放する事により、煙が煙突に流れるようになります。
右側の地面に埋まっている方のダンパーが開放状態で、左側の地面から浮き上がっている方のダンパーが閉鎖状態です。
これは修理用の木枠です。
窯を修復する時に使用した型です。
窯の 2階からメタセコイア並木が見えます。
この季節は綺麗ですね...。
渡良瀬遊水地の「ついで」に来た場所でしたが、予想以上に良い場所でした。
ガイドによる案内もあるようなので、次に来る機会があればガイドの説明を聞いてみたと思います。
埼玉県深谷市にある日本煉瓦製造株式会社のホフマン6号輪窯を見学しているので、これで日本に現存するホフマン窯の半分を見学した事になります。 ここまで来ると、全部見てみたいですね..。
























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