京都府 詩仙堂 ― 2026年01月10日
詩仙堂は 1641年に石川丈山が建てた凹凸窠(でこぼこした土地に建てた住居)です。
丈山は徳川家に仕える武士でしたが、大阪夏の陣の後に武士を隠退した後に朱子学や禅を学びます。 詩仙堂は 59歳の時に隠居所として詩仙堂を建て、90歳で没するまで漢詩や書、作庭に励みました。 建物は洞宗大本山永平寺へと引き継がれ、現在では丈山寺の名称もあります。
また、建物の中央の部屋が「詩仙の間」である事から「詩仙堂」の名称で知られています。
小有洞の門
詩仙堂の入り口となる小さな門です。
ちいさな入り口なので、気が付かずに通り過ぎてしまうかも知れません。
1986年にチャールズ皇太子とダイアナ妃が訪日した際には詩仙堂を訪れています。
この狭い場所での警護は大変だったろうと思います。
門の上に書かれている文字は、微かですが恐らく「小有洞」だと思います。
門の先は竹林の小径になっています。
老梅関の門
2つ目の老梅関の門が見えて来ました。
門の見た目は小有洞の門と同じ感じです。
門の上に書かれている文字は読めなかったのですが、調べてみたら「梅関」のようです。
嘯月楼
老梅関の門から中に入ると独特な形状の建物が見えて来ます。 窓も独特な形です。
後から付け足したような物見櫓のような 2階部分が嘯月楼と呼ばれている部分です。
丈山の書斎だったようです。 ここから景色を眺めながら歌でも読んでいたのかも知れません。 でも、壊れずに、よく残りましたね...。
ここから庭園を眺めると気分が落ち着きます。 チャールズ皇太子とダイアナ妃が来日した時にここに立ち寄ったそうですが、2人もここから庭を眺めたのでしょうか?
この時期はそれほど混雑しないのでゆったりと見学できて良かったです。
詩仙堂の本尊は馬郎婦観音です。 あまり聞いた事が無いのですが、仏教を広める為に美しい夫人の姿をした観世音菩薩の化身のようです。
膏肓泉
詩仙堂の中にある井戸です。
百花塢
かなり大きな庭園で、手前の方はサツキが綺麗に丸く刈り込まれています。
中央に池があり、そこを境に庭園の雰囲気がだいぶ変わります。
この庭園も丈山が造営した物なのでしょうか?
近くに「ししおどし」があり、心地よい音が響きます。
ししおどし
今では日本庭園で良くみかける「ししおどし」ですが、「ししおどし」を最初に庭に取り入れたのは丈山だとも言われてます。
なので、詩仙堂は「ししおどし発祥の地」とも言われてます。
多分、もっと前から動物除けとして「ししおどし」が存在していたのだと思いますが、丈山はその音を楽しむ為に設置したのだと思います。
庭園の奥の方に行くと少し雰囲気が変わってきます。
下地が白砂から苔へと変化します。
残月軒
書院から離れた場所にある茶室です。
外から見る限り、かなりシンプルな建物に見えます。
十方明峰閣
多分、奥の方に見えるのが十方明峰閣だと思います。
「座禅堂」とも書かれていたので、修行の場なのかも知れません。
ここは、訪れる季節によってだいぶ雰囲気が変わると思います。
紅葉シーズンが一番良さそうですが、多分、混雑しますね...。
でも、一乗寺付近は穴場かも?


















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