東京都 初沢城跡2025年12月07日

初沢城は東京都八王子市にある中世の山城です。
近くには年間登山者数が世界一と言われる高尾山がありますが、地元の人以外でここを訪れる人は少ないと思います。 東京都の城跡の中でも、かなりマイナーなだと思います。 私も Google Map を眺めていて初めて存在を知りました。
初沢城の詳しい事は分かって無いようで、15世紀末頃に椚田氏か長井氏が築城した可能性があると言う事のようです。

高尾天神社
初沢城周辺に専用の駐車場は無さそうだったので、今回は電車での訪問です。
高尾駅から高尾天神社へは徒歩で 10分程度です。
初沢城に登るルートは他にもありますが、今回は高尾天神社から登る事にしました。
高尾天神社に関しては、あまり詳しい事は分からなかったのですが、1983年に社殿が建立された菅原道真を祀る神社です。 それほど古くは無いみたいです。
高尾天神社

高尾天神社

高尾天神社

菅原道真像
あまり知られてませんが、日本一高いと言われてます。
台座を合わせると高さが 4.5m あります。
高尾天神社・菅原道真像

高尾天神社は思ったよりも高い場所にあり、神社を建てる為に平地にしたとは思えない場所です。
もし、昔からある平地だとしたら、神社がある場所は昔は初沢城の曲輪か、それに関連する館跡のような場所なのかも知れません。
高尾天神社がある場所は初沢山の山頂から北東に伸びる尾根の上になります。
高尾天神社

菅原道真像の奥に進むとハイキングコースがあり、そこから初沢城に登れます。
ここを登ると一段高い場所にある曲輪のような場所に出ます。
初沢城・入り口

初沢城・北東側の広い曲輪へ

初沢城・北東側の広い曲輪
結構、広い場所で、恐らく曲輪跡だと思います。
本当は、もう少しちゃんと見て周りたかったのですが、大人数で何かの作業をしていたのでそのまま通り過ぎる事にしました。
多分、周辺は土塁で囲まれていて、もしかしたら何かしらの建物があったのかも知れませんね..。
初沢城・北東側の広い曲輪

曲輪から下の方を眺めて見ると、曲輪の周辺は腰曲輪のような物で囲まれているようです。
初沢城・北東側の広い曲輪の周辺

先ほどの曲輪から緩い斜面の尾根を登ると分かれ道にでました。
右側に進むとこの上の曲輪を迂回して登れます。
真っすぐ進むと小さな曲輪に出れますが、思ったよりも急な坂道で、この時期は落ち葉が堆積していて非常に滑りやすく、登るのに大変苦労しました。
少し遠回りになりますが、右側からでもその曲輪に行けるので、多分、右側から登るのが正解だと思います...。
初沢城・分かれ道

北東側の小さな曲輪
急斜面を登った先にあった小さな曲輪跡です。
多分、落ち葉が無ければもう少し楽に登れたと思いますが、この時期は落ち葉で足元が滑るので、登るのに苦労しました...。
この先を進むと先ほどの分かれ道と合流します。
初沢城・北東側の小さな曲輪

先ほどの分かれ道を合流した後、少し進むと2つ目の分かれ道が現れます。
ここをまっすく進むと2つ目の小さな曲輪に出ます。
なお、右側に進むと道幅がどんどん狭くなり、進むのが困難な状況でした。 無理して進むのも危険なので引き返してきました。 ちゃんとした案内板が欲しいですね...。
初沢城・分かれ道2

先ほどの分かれ道を少し進むと、北東側にある 2つ目の小さな曲輪が見えてきます。
正面に見える、盛り上がっている場所が 2つ目の小さな曲輪です。
尾根を下から登って来る敵を迎え撃つのに適した配置です。
初沢城・北東側の小さな曲輪2

先ほどの曲輪から更に登ると主郭の下付近に出ます。
一番上が主郭だと思いますが、その下に腰曲輪のような場所があります。
主郭の曲輪に沿うように進むと初沢山の尾根に出る事が出来ます。
初沢城・主郭下付近

尾根を少し進むと初沢山の山頂、すなわち、初沢城の主郭に出ます。
山頂には「初沢城跡」の木札がありますが、それ以外に初沢城の存在を示すような物はありません。
主郭にある説明板は、初沢城の事では無く、「やすべえの森」の説明に関する説明です。
どうやら、安兵衛さんの子孫や他の人々の寄付により、初沢城は史跡公園として公開されているようです。 主郭も、それほど広いとは思えません。
初沢城・主郭

初沢城・主郭

主郭の下に降りれる道があったので主郭の下に行ってみます。
初沢城・主郭の下へ

主郭の周りは腰曲輪になっていたようなのですが、この山道も腰曲輪なのでしょうか?
初沢城・主郭下

主郭下の開けた場所に出ましたが、倒木が酷く、これ以上進むのが困難な状況でした。
かなり荒れている状態だったので、ここで引き返す事にしました...。
危ない事はしたく無いので、安全第一で見学する事にします。
初沢城・主郭下

一度、主郭に戻り、尾根を通って 曲輪2、曲輪3の方に行ってみます。
初沢城に関する案内が何も無いので、縄張り図を持参しないと厳しい山城です。
初沢城・主郭

ここだけ少し幅が狭い印象を受けたので写真を撮ったのですが、どうやらここが主郭と曲輪2 を分離する土橋だったようです。
初沢城・土橋

恐らく、この辺りが曲輪2 だと思います。
何も気にせず歩けば、だたの山道にしか見えません。 でも、人工的に平らに整地している痕跡は感じます。
初沢城・曲輪2

虎口と言って良いのか分かりませんが、ここには明確な段差があり、恐らく、ここが曲輪2 と曲輪3 の境目だと思います。
初沢城・曲輪2、3の虎口

初沢城・曲輪2、3の虎口

多分、この辺りが曲輪3 で、曲輪2 側を振り返った所です。
左側に見える黒い冊は初沢配水所のタンクがある場所です。
あれだけ大きなタンクが設置できるのであれば、配水所タンクがある場所も曲輪だったのかも知れません。 
初沢城・曲輪3

歩くのが難しいと言う事ではありませんが、注意して歩かないと山城としての痕跡が解り難いかも知れません。 とは言え、周りが住宅地として開発されている中、ここだけ公園として保存されているのは、色々な方々の努力による物なのでしょう...。