京都府 正伝寺 ― 2026年01月12日
正伝寺は 1273年に東巌慧安禅師が兀菴普寧禅師を勧請開山として亀山天皇の勅許を得て烏丸今出川付近に創建しました。 東巌慧安禅師は、中国の宋から来日した兀菴普寧禅師に師事していた高僧です。
賀茂の祠官森経久が西賀茂に荘園を寄付した事により、1282年に現在の場所に再建されました。 その後、応仁の乱で荒廃し、豊臣秀吉から寺領および山林の朱印状をもらいますが再興はうまく行きませんでした。 江戸時代に入り、徳川家康から寺領の朱印状をもらい、ようやく再興する事が出来たようです。
山門
正伝寺は 10年以上前に一度拝観に来ているので、久々の訪問です。
神光院前のバス停が一番近いのですが、京都駅からかなり離れており、また、バス停からも少し距離があります。 なので、自然と足が遠のいてしまいました。
山門の近くに参拝者用の駐車場があり、もしかしたら、車で来る人の方が多いのかも知れません。
山門を通って参道をしばらく歩くと左側に 2つ目の門が見えて来ます。
門の先では、お地蔵様がお出迎えしてくれます。
本堂手前に鐘楼がある、少し広い場所があります。
京都市内と標高はそれほど変わらないと思いますが、微妙に気象条件が異なるようです。 ちょっとした標高差や、山に近い場所なのが影響しているのかも知れませんね...。
鐘楼
屋根が雪で白くなっています。
鐘楼を建てるだけであれば、少し広すぎる感じがする場所です。
周辺を散策すると、所々に置物が置かれてます。
ちょとした庭みたいな場所です。
置物たちも少し寒そうですね..。
庫裏が見えて来ました。
拝観できるのは方丈と庭園で、拝観受付は庫裡の左の方にあります。
拝観に関する英語の説明がありました。
多分、海外から拝観に来る人も多いのだと思います。 それにしても、こんな所まで外国人が来るのですね...。 どこから情報を得てるのだろう...。
血天井で有名な方丈は左側にあります。
獅子の児渡し庭園
撮影は庭園のみにしておきました。
血天井は方丈の縁側にあります。
関ヶ原合戦の少し前、徳川方の鳥居元忠は石田方の軍勢に攻められ、伏見城は落城して元忠と家臣らは自決に追い込まれます。 その供養として、伏見城の床板が天井に使われている寺院が数カ所存在します。 他には養源院、宝泉院、源光庵、興聖寺などが知られています。
遠く見える比叡山の霊峰を借景に取り入れた石庭です。
「獅子の児渡し」と言う名称は、「獅子は子を千尋の谷に突き落とす。」とか、「3匹の子に川を渡らせて分別を教える。」と言った逸話が由来のようです。
刈り込んだサツキを獅子の親子に見立ているようです。
早朝は人が少ないので良いですね..。
ゆったり庭を眺める事が出来ます。














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