島根県 石見銀山の街並み ― 2026年05月03日

清水谷製錬所跡の見学を終え、バス停がある石見銀山の街並みに戻る事にします。
雨の中、結構な距離を歩いたのでかなり体力が消耗してますが頑張って歩く事にします。

銀山大盛祈願道場碑
銀山川を挟んで石見銀山街道の対岸にある遊歩道を進むと大きな石碑が見えてきました。
佐毘賣山神社の他に、龍昌寺と観世音寺が鉱山の発展を祈願する祈願寺に指定されました。 石碑には「嘉永二年」(1849年)の銘がある事から、その頃には祈祷が行われていたようで、その頃には祈願寺に指定されていたのかも知れません。
石見銀山・銀山大盛祈願道場碑

龍昌寺跡入り口
先程の石碑の近くにあった龍昌寺跡の入り口です。
この階段の先に龍昌寺があった場所ですが、龍昌寺は 1961年に廃寺になっており、建物の一部は西元寺に移されたようです。
龍昌寺は奉行代官墓所だったようで、代官のお墓が残されているようですが、吉岡出雲の墓の時みたいに苦労して登っても何処だが分からない可能性もあるので先に進むのを止めときました...。
石見銀山・龍昌寺跡入り口

大久保石見守墓所
大久保長安は、元々、武田氏の家臣だったようで、武田氏滅亡後に徳川家の家臣になりました。 徳川家康から能力を高く評価され、1601年から初代石見銀山奉行になります。 また、長安は石見銀山以外にも、佐渡や伊豆など全国の金銀山の管理をまかさ、金山、銀山開発に大きく貢献します。
しかし、1613年に病気で死去した後、不正蓄財の嫌疑がかけられると長安の子らは調査を拒否します。 その為、長安の子ら 7名が切腹となり、家財も全て没収され長安の家は断絶します。 このお墓は 1794年に長安の功績を称えて再建された物です。
石見銀山・大久保石見守墓所

妙正寺
日蓮宗妙覚寺派のお寺です。 清水谷にあった本迹院を 1514年に現在の場所に本身山妙正寺として再興しました。
1943年の水害で本堂が倒壊し、近年に再建されたと説明がありました。
倒壊前の本堂の写真が残っており、当時はもっと立派な建物でしたが、今はこの小さな御堂しか見当たりませんでした。
石見銀山・妙正寺

遊歩道もそろそろ終了。
綺麗な遊歩道でしたが、天気が悪い日は通らない方が良いかも知れません。
石見銀山・遊歩道

街の中心部近くに到着。
昔の雰囲気が残る、城下町のような街並みです。
多分、天気が良ければもっと人通りが多いのかも知れませんが、雨が降っている上、折りたたみ傘が壊れるほどの強風だったので思ったよりも人が少なかったです。
石見銀山の街並み

宗岡家(大森代官所地役人遺宅)
宗岡家は毛利輝元の家臣だった家で、銀山諸役の徴収方を担いました。 大久保長安が代官になった後は銀山附役人として長安を支えます。
1790年、宗岡家は銀山附役人の職を離れこの地を離れますが 1823年に復帰し、現在の屋敷を譲り受けました。 現存する主屋、離れ、土蔵は江戸時代末期の資料の間取図と一致するようです。
石見銀山・宗岡家

旧河島家(石見銀山代官所地役人遺宅)
銀山附役人だった河島家の邸宅だった建物です。 河島家は安芸国(広島県)出身で、大久保長安に召抱えられてから銀山附役人になりました。
現在の建物は 1800年の大火の後に建てられた物と考えられています。
ここは資料館になっており、建物内の見学も可能ですが雨でずぶ濡れ状態だったので、今回は外からの見学のみにしておきました。
石見銀山・旧河島家

石見銀山・旧河島家

旧大森区裁判所(大森町並み交流センター)
ここは 1890年(明治 23年)に設置された裁判所だった建物です。
資材や土地は地元の人が提供したようです。
建物は 1888年に建てられた物です。 明治期の建物なので外観が洒落ています。
和風の建物なのですが門が洋風なので少し他と雰囲気が違います。
ここも建物内の見学が可能なのですが、雨に濡れすぎているので止めときました。
石見銀山・旧大森区裁判所

観世音寺
街中は平坦なのですが、ここだけ突然岩山になります。 観世音寺は岩山の上にあります。
観世音寺は佐毘賣山神社、龍昌寺らと共に祈願寺に指定された社寺です。
創建年代は不明ですが、1800年の大火で観世音寺も全焼しており、現在の建物は 1860年に再建された物のようです。
ちょっとした砦のような寺院です。
石見銀山・観世音寺

石見銀山・観世音寺

観世音寺 山門
山門には江戸時代の仁王像がありましたが老朽化により現在の像が 1980年に再建されました。 山門周辺の石垣は、石材が綺麗に加工された切込ハギなので、石垣の年代としては新しい部類なのかも知れません。 江戸時代以降でしょうか?
石見銀山・観世音寺・山門

観世音寺 本堂
立派な本堂です。 こちらも  1860年に再建された建物だと思います。
扁額に「大悲閣」と書かれてます。 「大悲閣」とは観音菩薩を祀る御堂の事のようで、一般的には「観音堂」に該当する建物を意味していると思われます。
お寺の名前が「観世音寺」なので、多分、祀られているのは観世音菩薩像なのでしょう。
石見銀山・観世音寺・本堂

石見銀山・観世音寺・本堂

観世音寺からの眺めです。
ここから街の様子が一望できます。 物見櫓のような場所です。
雨よりも強風が厄介でしたね...。 骨が折れた傘が完全に崩壊しそうになります...。
石見銀山・観世音寺からの眺め

石見銀山・観世音寺からの眺め

念願叶って、ようやく来る事が出来た石見銀山ですが、残念ながら悪天候の中の訪問になりました。 また、荷物が濡れていたので残念ながら建物内の見学は出来ませんでした。
次に訪問する機会があれば大久保間歩の見学ツアーに参加して資料などもゆっくり見学したいと思います。