京都府 鞍馬寺(2)2026年01月11日

これから奥之院まで歩き、そのまま貴船神社を参拝する行程です。

金剛寿命院
寺務所や鞍馬弘教宗務本庁が置かれている場所です。
1940年に建てられた建物のようなので、それほど古い建物では無さそうです。
結構大きな建物で、舞台のような場所に酒樽が奉納されてました。
奥の院への参道の入り口はこの建物の近くにあります。
鞍馬寺・金剛寿命院

鞍馬寺・金剛寿命院

鞍馬寺・金剛寿命院

ここが奥の院参道の入り口になります。
鞍馬寺と貴船神社の間を歩く場合、鞍馬山をケーブルカーで登れる分、鞍馬寺から歩いた方が簡単です。
鞍馬寺・奥の院参道入り口

鞍馬寺・奥の院参道入り口

鐘楼
奥の院の参道を少し進んだ所にあります。
ただ、参道から少し外れているので、そのまま通り過ぎる人も多いかも知れません。
鞍馬寺の梵鐘は 1670年に鋳造された古い物ですが、一般参拝者もお賽銭を入れて鐘を撞く事が出来ます。
鉄筋コンクリート造りの鐘楼で、なんとなく中国風の建物に見えました。
鞍馬山・鐘楼

鞍馬山・鐘楼

霊宝殿
鞍馬寺の宝物館です。
奥の院の方に参道を歩いた場所にあるので、宝物館の存在に気が付かない人もいるかも知れませんね...。
開館時間は 9:00 なので本来なら開館している時間ですが、なんと冬季は休館しているらしく入る事が出来ませんでした...。 冬季閉館すると言う事は、結構、雪とか降るのでしょうか?
鞍馬寺・霊宝殿

冬柏亭
霊宝殿の近くにあった建物です。 普段は扉が開いてるようなのですが、冬季なので閉じられているのかも知れません。
冬柏亭は与謝野晶子の 50歳の祝いとして 1929年に弟子達から贈られた書斎です。
東京荻窪の自宅にあったようですが、1976年に鞍馬寺に移築されたようです。
「なぜ、与謝野晶子の書斎が鞍馬寺に?」と思ったのですが、鞍馬弘教を創始した信樂香雲は与謝野晶子の弟子だったようです。
鞍馬寺・冬柏亭

息つぎの水
牛若丸が毎晩、剣術の修行に奥の院に通った時に喉を潤したと伝わる水です。
800年たった今でも水が湧いているとの事。
鞍馬寺・息つぎの水

屏風坂の地蔵堂
以前は御堂前の坂道が屏風のような一枚岩の急坂だった事から屏風坂と名付けられたようです。 扁額に書かれているのは「革堂地蔵堂」なので、そちらが正式な名称だと思います。
何時頃からあるのかは良く分かりませんでしたが、この建物自体はそれほど古くは無さそうな感じでした。
鞍馬寺・屏風坂の地蔵堂

鞍馬寺・屏風坂の地蔵堂

背比べ石
牛若丸(義経)が奥州平泉の藤原秀衡を頼りに山を下りる時、名残惜しんで背丈を比べた石と言われます。 高さは約 120 cm との事。
義経が山を下りたのは 16歳の時なので、かなり小柄な人物だったようです。 もっとも、その頃の人は皆、小柄だったと思いますが...。
鞍馬寺・背比べ石

木の根道
鞍馬山と言えば、この木の根道です。 以前に来た時の印象が強く、もっと延々と続いていたような印象がありましたが、ここまで歩いて来てようやく出会えました。
鞍馬山は硬い地質なので地中深くに木の根が張れません。 その為、木の根は地表を這うように伸びて行きます。 出来るだけ木の根を踏まないように歩きましょう。
鞍馬寺・木の根道

大杉権現社
以前、訪問した時と最も変わっていたのが大杉権現社です。
どうやら、2018年の台風で建物は倒壊し、古木も倒れてしまったようです...。
立て札が無ければ、ここが何なのか分からないほどです。
鞍馬寺・大杉権現社

↓ これが、前回訪問した 2010年の時の様子です。
当時は確かにここに社がありました。
当時は古木も立っていたのですが、今は倒れて朽ち果ててました...。
あれから 16年も経つと、色々、変わりますね...。
鞍馬・大杉権現社

不動堂
ここまで歩いて来る途中、雪が降ってきました...。
雪に対する準備をしてなかったので、少し不安になってきました...。
ここに祀られている不動明王は、最澄が一刀三礼で彫ったと伝わる仏像です。 また、この辺りは僧正ガ谷と呼ばれた場所で、牛若丸が兵法を学んだ場所とされています。
現在の建物の建立年代は、はっきりしませんでしたがそれほど古い物では無いと思います。
鞍馬寺・不動堂

義経堂
不動堂の近くにある小さな御堂です。
義経は衣川の合戦に敗れて自害します。 その義経の魂が遮那王尊として祀られている御堂です。 義経は死んでおらず、ここに戻って来たとの伝説もあるようです。
この建物も、何時頃の物なのかはっきりませんでした。
1945年の火災で奥の院魔王殿が焼けたの被害範囲が知りたいですね...。
鞍馬寺・義経堂

不動堂から魔王殿に行く途中の木の根道の様子です。
木の根道は、貴船神社よりの方が目立ちますね...。
鞍馬駅よりの方は階段整備やコンクリート舗装の為、目立たないだけかも知れませんが..。
そう言えば、標高が下がったせいなのか、この頃には雪が止んでました。
鞍馬寺・木の根道

奥の院魔王殿 拝殿
魔王殿は 1945年の火災で焼失しており、現在の建物は 1950年に再建されています。
拝殿だけ焼け無かったとは思えないので、多分、拝殿もその時に焼けて同時期に再建された物だと思います。
でも、こんな何もない山奥で、なぜ火災が発生したのでしょう...。
1945年は戦争終結の年なので、空襲被害だったのかも知れませんが、拝殿内には護摩供や焚火に関する注意書きがありました。 もしかして、儀式で使用された火の不始末?
鞍馬寺・奥の院魔王殿・拝殿

鞍馬寺・奥の院魔王殿・拝殿

奥の院魔王殿 本殿
拝殿の奥にある魔王殿の本殿です。
鞍馬寺の本尊「尊天」の一尊、護法魔王尊が祀られています。
護法魔王尊は、ヒンドゥー教のサナート・クラマと同一なようで、複数の宗教が習合しているのかも知れません。 護法魔王尊は、650万年前に金星から鞍馬山に降り立ったとされます。
鞍馬寺・奥の院魔王殿

貴船神社に向けてさらに山を下ります。
所々に石仏が安置されており、この山全体が聖域なのだと感じます。
鞍馬寺・石仏

西門
10:00 に到着。
鞍馬山には入山料が必要で、西門側にもちゃんと料金所がありました。
鞍馬駅に到着したのが 8:00 頃なので、ケーブルカーを使うと 2時間程度の行程でした。
ケーブルカーで標高が稼げる分、鞍馬寺側から歩いた方が難易度が低いです。 貴船神社側から歩いた場合、もっと時間がかかると思います。
鞍馬寺・西門

さて、これから貴船神社を参拝しましょう。


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