大阪府 千早城 ― 2014年08月14日
大阪府南河内郡千早赤阪村にある日本 100 名城の一つ。
鎌倉時代末期に楠木正成によって築城された山城です。 楠木軍1000人に対して幕府軍 100万などと大げさに記されている資料もあるくらい圧倒的な兵力差でこの城をめぐる攻防戦が行われました。
100 名城のスタンプがある「まつまさ」に向かいますが、道が良くわからず少し迷いました。 「まつまさ」の駐車場にバイクを止めさせてもらい千早城へ向かいます。
20~30分くらいだと思いますが、予想以上に急な山道をひたすら登ります。
当時の人はこんな道を甲冑を付けて登ったのでしょうか? 城と言うより、ただの山道にしか思えません。
この記念碑が無ければ、ここが城だったとは思わないかも知れません。
鎌倉幕府終焉に向けた重要な戦いが行われた場所だと思いますが、ほとんど何も無いです。
千早城の本丸(二の丸との情報もありました。 どちらが正しいか不明。)があった場所には千早神社があります。
だれもいないし、どこが何なのかも良く解らないので撤収。
歴史的に転換点にもなり、伝説的な逸話も多い戦いの場所にしては少し寂しい感じがしました。 当時を偲ばせる遺構が少ないのが残念です。
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