長野県 平出遺跡(1) ― 2025年07月20日
平出遺跡は、長野県塩尻市宗賀平出で見つかった縄文時代~平安時代の集落跡です。
ここの特徴は約 5000年にもおよぶ範囲で出土品が見つかっている事です。 これだけ長期間に渡って人が生活していた痕跡が一か所から見つかるのは珍しいかも知れません。
平出遺跡が見つかった切っ掛けは畑から緑釉水瓶が見つかった事で、その後の発掘調査で大規模な集落跡が見つかりました。
実際の見学は「縄文時代・廃村エリア」、「平安時代エリア」、「縄文時代・集落エリア」、「古墳時代エリア」、「平出博物館周辺」の順に見学しましたが、ここでは年代順に掲載します。
縄文時代、廃村エリア
保存エリアの中央部分が縄文時代の遺構を復元している場所です。
縄文時代は中央広場の周辺に住居が並ぶ環状集落が多いのですが、ここは二つの環状集落が並ぶ双環状集落と呼ばれる珍しい配置のようです。
二つある環状集落の内、ガイダンス棟から見て左側は廃村後の様子を再現しています。
竪穴住居があった場所を窪地で表現してあります。
竪穴住居は大体、10数年程度使用すると建て替えられ、その内、使われなくなるようです。
使われなくなった竪穴は徐々に土に埋もれていきます。
縄文時代中期(約4500年前 ~ 5500年前)が最盛期だったようで、116軒の住居跡が見つかっています。
廃絶された住居跡を発掘した時の様子が再現されています。
発見された住居跡の床面よる上の部分から大量の土器や石器が見つかりました。
これは、使われなくなった住居跡に土器や石器が捨てられ、そこが土で埋もれた為と考えられています。
縄文時代、集落エリア
二つある環状集落の内、ガイダンス棟から見て右側は竪穴住居を復元しているエリアです。
縄文中期の建物を復元しているようで、多くの土器が見つかっているようです。
竪穴式住居は地面を掘り下げて床にしている建物で平安時代くらいまではこのような建物が多かったようです。 床が地面よりも低いので、雨水が入らないのか不思議だったのですが、竪穴の周りは土手のように盛り上げていたようです。
復元した建物は内部の見学も可能です。
ハンモックのような寝床がありました。 地べたよりは寝心地が良さそうです。
建物によっては中央に埋甕炉が埋め込まれていたようです。 埋甕炉は炉の一種で、土器の下半分を地面に埋めて、その中で火を焚いていたようです。
立石
環状集落の中央部分は広場になっており、その中央に立てられていた川原石。
縄文時代の集落からこのような立石が良く見つかるようです。
古墳時代エリア
こちらは 6世紀末から 7世紀初期の頃を再現したエリアです。
建物が少し進化しており、竪穴住居の他に穀物倉と思われる掘立柱建物が混じっています。
調査では、掘立柱建物が 80軒ほど見つかっているようです。
竪穴住居も大型化してますね...。
縄文時代エリアには無かった規模の大きな建物です。
この大きさだと、地元の有力者の住居なのかも知れません。
建物の構造もかなり進化しているようです。 柱の数も多いです。
こちらは古墳時代の一般的な住居を復元したものです。
4本柱で室内左手にカマドが設置されています。
縄文時代とあまり変わってませんが、一般住居の方も少し大型化しているようです。
煙を逃がす工夫でしょうか? 屋根の形状が少し変わっているようです。
結構、広い遺跡なので続きは次回へ
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