新潟県 新発田城 ― 2016年08月19日
新潟県新発田市にある100名城の一つです。
築城年代は不明ですが、新発田氏が本拠地として城を築いたのが始まりのようです。 新発田氏は有家杉氏に従ってましたが、1581 年に反乱を起こし、1587 年に上杉景勝によって落城、新発田氏は滅亡しました。
景勝が会津に移った後、1598 年豊臣秀吉の命により溝口秀勝が6万石を与えられて入封しました。 その後、明治まで溝口氏によって統治されます。
場所が意外と解りにくく、なんとか新発田公園の駐車場にバイクを停めました。 台風の中、無理に走ったせいか異音がする ....。 帰ったら整備に出さねば...。
三階櫓
公園から堀の方へ向かうと三階櫓が見えてきます。
ここの櫓は少し変わっていて、屋根の棟がT字型になっている為3個の鯱が乗っています。 他では見た事のない櫓です。 天守代わりに使用されていた櫓で、平成16年に再建されましたが、自衛隊の敷地に囲まれており、残念ながら近くに行く事も内部を見る事もできませんでした。
土橋門跡
三階櫓から入口のある表門へ向かうと、旧二の丸隅櫓の辺りに土橋門があったそうです。 案内によると、1644 年に作成された絵図には記載されていたのでもっと前から存在していたようです。 1668年に焼失しましたが 1700 年までには再建されていたそうです。
表門
ここが入口になります。 ここに100名城のスタンプが置いてあります。
表門も 1668 年の火災で焼失しましたが1732 年に再建され、現在の建物はその当時の貴重な現存建築物です。 内部も見学する事が可能で、資料などが展示されています。
表門の中から表門にかかる橋を眺めます。
現在、この橋は頑丈な石橋ですが、昔の絵図を見ると木の橋として描かれてました。
旧二の丸隅櫓
1668 年の火災では二の丸櫓も焼失しましたがその後再建されました。
旧二の丸櫓が建っている現在の場所は鉄砲櫓の跡地で、昭和35年に二の丸にあった櫓を移築した物です。
辰巳櫓
赤穂浪士の堀部安兵衛の父親はこの櫓の管理責任者だったそうで、火災の責任を取って浪人になったそうです。 現在の櫓は平成16年に再建された物で、内部も公開されています。 内部を見ると他の櫓より新しいのが解ります。
新発田城は、城のほとんどが自衛隊の駐屯地として占領されているのが残念ですが、江戸時代からの現存建築物も多く、内部も公開されているので見所の多い城でした。
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