埼玉県 さいたま古墳公園2018年06月03日

埼玉県行田市の古墳群は 1938年に国指定の史跡になりました。 公園として整備されたのは 1976年になります。
現在は公園内で9基の古墳が管理されてますが、沼地の干拓事業前には36基もの古墳があったようです。 これの古墳は5~7世紀にかけて造られたようです。

石田堤
ここに来た目的の一つが、1590年に石田三成が忍城を水攻めした際に築いた堤の一部、石田堤が残っているからです。 丸墓山古墳への歩道が石田堤の一部ですが、実際に歩いてみると周りより少し高いくらいの感じです。 当時はもっと高かったのかも知れません。
長さは14km とも、28km とも伝わります。
石田堤

丸墓山古墳
日本最大の円墳で、直径 105m あります。 また、高さ 19m は「さいたま古墳群」の中では一番高い古墳です。 築かれたのは6世紀前半との事。
なお、石田三成は忍城の水攻めの際、この古墳の上に陣を張ったそうです。
さいたま古墳公園・丸墓山古墳

古墳の上はそれほど広くは無いです。
ここに全員入れたとは思えないです...。
いくつかのグループに分かれてるとは思いますが、思ったよりも少人数だったのでしょうか?
さいたま古墳公園・丸墓山古墳

遠くに忍城の三階櫓が見えます。
水攻めの時はここ一面が水浸しだったのだと思います。 作戦は失敗でしたが...。
さいたま古墳公園・忍城

稲荷山古墳
全長 120m の前方後円墳で、5世紀後半に造られました。
手前の山が四角い部分で奥の山が円形の部分です。 1937年の工事で「前方」の部分は失われてしまい、1968年に復元された物です。
さいたま古墳公園・稲荷山古墳

四角い部分は円形の接合部に向けて緩やかに下っており、もう一度山を登る感じです。
この先の円形部分からは 1968年の発掘調査により、2つの埋葬施設が発見されています。
さいたま古墳公園・稲荷山古墳

この地化 1m に礫槨が埋まっています。
舟形の竪穴に河原石が張り付けられており、その上に棺が乗せられてました。
金錯銘鉄剣や、鏡、勾玉、馬具などが出土しており、出土品は国宝指定を受けています。
金錯銘鉄剣に刻まれた115文字は当時を知る、貴重な歴史資料になっています。
さいたま古墳公園・稲荷山古墳・礫槨

もう一つの埋葬施設である粘土槨。 竪穴に粘土を敷き、その上に棺を置いていたようです。
こちらは盗掘されていたようで、出土品は少量でした。
こちらの出土品も国宝指定を受けています。
さいたま古墳公園・稲荷山古墳・粘土槨

将軍山古墳
ここから先の古墳は登る事は出来ません。
1894年に地元の人々によって発掘され、馬冑、馬具など、多くの副葬品が見つかっています。
この将軍山古墳は石室の様子を将軍山古墳展示館から見学する事ができます。
全長 90m、円部分の直径が 39m の前方後円墳です。 6世紀後半に造られました。
さいたま古墳公園・将軍山古墳

さいたま古墳公園・将軍山古墳

さいたま古墳公園・将軍山古墳展示館

二子山古墳
1965年に周囲を水堀として復元されましたが、周辺が痛みによって崩落してきました。
対策として、水堀の埋め立てる工事を行っている為、少し離れた所からの見学になります。
武蔵国では最大の前方後円墳で、5世紀後半に造られました。
さいたま古墳公園・二子山古墳

愛宕山古墳
全長 53m の前方後円墳で、埼玉古墳群の中では一番小さい古墳です。
埴輪などは出土してますが、発掘調査が行われていないので、埋葬施設の大きさや、副葬品の有無などは不明です。 6世紀前半に造られました。
さいたま古墳公園・愛宕山古墳

瓦塚古墳
全長 73m の前方後円墳です。 周辺は二重の堀で囲まれてましたが、現在は保存の為に埋め立てられています。 発掘調査により、6世紀前半~中頃に造られた古墳で、内堀と外堀の間にある中堤には埴輪が並べられていたと推定されます。
内部の発掘調査は行われておらず、副葬品などは確認されてません。
さいたま古墳公園・瓦塚古墳

奥の山古墳
全長 66m の前方後円墳です。 こちらも二重の堀で囲まれていたようです。
円形部分の西側に張出部があり、そこから祭祀に使われたと思われる道具が出土しています。 6世紀中頃~後半に造られたと考えられています。
さいたま古墳公園・奥の山古墳

中の山古墳
全長 79m の前方後円墳です。 ちょっと平べったい感じがします。
こちらも二重の堀で囲まれており、堀からは多くの埴輪壷が出土しています。
6世紀末~7世紀初めの頃に造られたと考えられており、古墳としては新しい部類の物です。
さいたま古墳公園・中の山古墳

鉄砲山古墳
禅定 112m の前方後円墳です。 こちらも二重の堀で囲まれており、濠から円筒埴輪などが出土しています。 6世紀後半に造られたと考えられています。
江戸時代に忍藩の砲術練習場として使用されていたらしく、そのせいか、少し傷みが大きいように思えます。
さいたま古墳公園・鉄砲山古墳

さいたま古墳公園・鉄砲山古墳

これで一通りの古墳を観て回りましたが、なかなか良い運動になりました。
これら古墳群に囲まれた場所にある「さきたま史跡の博物館」には、古墳からの出土品が展示されており、国宝指定を受けている金錯銘鉄剣も展示されています。
また、博物館正面には移築された民家も展示されています。

旧遠藤家
さきたま史跡の博物館・旧遠藤家

さきたま史跡の博物館・旧遠藤家


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